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大阪高等裁判所 昭和41年(う)1462号 判決 1966年11月25日

主文

原判決中、被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一〇月及び罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人山岡花子、同川本マキ子(但し、昭和四〇年一二月二〇日支給分のみ)に各支給した分の二分の一を被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渡部繁太郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について。

論旨は、山岡花子と川本マキ子は、福助アパートの権利金八万円を被告人に出して貰ったが、家賃は同人等が支払い、自炊していたものであることが認められるので、売春防止法一二条所定の「人を自己の占有し若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させ」た場合に該当しない、というのである。

しかしながら、≪証拠省略≫を総合すれば、原判示第一の事実、ことに被告人が山岡花子及び川本マキ子を自己の管理する場所に居住させてこれに売春させることを業としたことは、これを優に認定することができる。すなわち、被告人は原判示日時の間右両女を、被告人において権利金八万円を支払って借受けた原判示福助ビルの一室に居住(寝泊り)させ、寝具や炬燵を両女に貸していたこと、両女は右部屋の借賃として一ヶ月各自四、五〇〇円、合計九、〇〇〇円を毎月被告人の義子甲野国男の妻甲野民子に渡し、食事は自炊又は外食していたこと、被告人は両女を毎日午後六時から同一二時頃までの間原判示「九重」の二階三帖の間にて客待ちさせ、「九重」に飲食に来た客や、附近の旅館からの要求に応じ、両女に附近の旅館等において売春させ、売春の対償のうち四割ないし五割を両女から徴収していたこと、両女ら売春婦は「九重」に出勤するか否かは一応自由であるが、欠勤するとき及び「九重」に出勤してから外出するときには、必ず被告人や原審相被告人○○○○等にことわるよう被告人から要求されていたことが認められるのであって、右認定に反する被告人の原審公判廷及び当審公判廷における各供述部分は、被告人の司法巡査に対する前記各供述調書に照らし信用することができない。しかして右の各事実を総合すれば、被告人が山岡花子及び川本マキ子を自己の管理する場所に居住させてこれに売春させることを業としたことは、これを優に肯認できる。もっとも、前記認定の事実中には、所論のごとく右両女が部屋の借賃を支払っていたこと、食事は自炊又は外食していたこと及び「九重」に出勤するか否かは一応両女の自由であったこと等の事情が認められるけれども、これらの事情を考慮しても、なお全体的にみれば、被告人が両女の居住場所を把握し、それを通して人的支配関係を確保し、一定の時間定められた場所に待機させて、随時不特定多数の遊客と性交させ、且つその売春の対償の一部を徴収することを容易ならしめる管理形態を設定したことを認めるに十分である。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について。

論旨は、被告人に対し刑の執行を猶予しなかった原判決の刑は重きに過ぎる、というのである。

よって、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実の取調の結果を参酌して案ずるに、本件犯行の態様及び被告人の前科に照らすと、山岡花子及び川本マキ子が売春をするに至ったのは、被告人が強制したものではなく、両女が自発的に被告人に申し出たものであること、被告人はその後「九重」の営業を廃止し、再び同様の過ちを繰り返さないことを誓っていること等所論の点を十分考慮しても、被告人に対し刑の執行を猶予すべきではなく、原判決の刑は重過ぎるとは考えられない。

この点の論旨も理由がない。

職権により調査するに、記録によれば、被告人に対する起訴状記載の公訴事実は「被告人は、大阪市○区○○○○○番丁○○番地で、飲食店「九重」を経営するものであるが、○○○○と共謀の上別紙一覧表記載のとおり、昭和三九年一月初頃より同四〇年一月二一日頃迄の間、○○○○外四名の婦女を同店内において、午後六時頃から一二時頃迄客待ちさせ、不特定多数の遊客を相手方として附近の旅館等において売春させ、その対償を分配取得し、もって人を自己の占有する場所に居住させこれに売春させることを業としたものである」というのであるところ、これに対し、原判決が罪となるべき事実として認定した事実は、「被告人甲野菊子は、大阪市○区○○○○○番丁○○番地で飲食店「九重」を経営していたものであるが、昭和三九年一〇月中旬から同四〇年一月二一日までの間、山岡花子、川本マキ子の両女を売春婦として雇入れ、同被告人において所謂権利金を支払い借受けた右「九重」の西隣り所在の福助ビル内の一室(但し月々の部屋代は居住者の分担)に居住させたうえ毎日午後六時頃から同一二時頃まで右「九重」にて客待ちさせて、不特定多数の遊客を相手に附近の旅館等において売春させ、その代償を分配取得し、もって人を自己の管理する場所に居住させてこれに売春させることを業としたものである」というのである。しかして、右公訴事実と原判示事実とを比較すると、構成要件は同一であるが、原判示事実は公訴事実に比し、犯行の期間及び売春婦の数をその一部に縮小し、行為の態様を、「毎日午後六時頃から同一二時頃まで「九重」にて客待ちさせ」たことの前に「同被告人において所謂権利金を支払い借受けた右「九重」の西隣り所在の福助ビル内の一室に居住させた」事実を付加しているのである。ところで、原判決はこのように公訴事実と異なった事実を認定した理由については、何ら説明を加えていないのであるが、記録を検討すると原審裁判所は、売春婦らを毎日午後六時から同一二時頃まで「九重」にて客待ちさせた点だけでは「人を自己の管理する場所に居住させ」たとするには十分でないと認め、証拠上、被告人が借受けた福助ビル内の一室に居住させていたことが認められる山岡花子及び川本マキ子の両女についてのみ、管理売春が成立すると判断したものと思われる。そして、本件においては、被告人が両女を被告人が借り受けた福助ビル内の一室に居住させたとの事実は、管理売春の罪が成立するための重要な要件事実であると考えられるのにかかわらず、起訴状に訴因として明示されていないのであるから、かかる事実を付加して認定し、被告人に有罪の云渡をするためには、訴因の追加変更の手続を経たうえ、これに対し被告人に防禦の機会を与えなければならないものと解するのが相当である。しかるに、原審でこの訴因の追加変更の手続を経た形跡は記録上認められないから、原審の訴訟手続には法令違反があって、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決はこの点において破棄を免れない。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決中被告人に関する部分を破棄するところ、記録によれば、被告人が山岡花子及び川本マキ子の両女を被告人が借り受けた福助ビル内の一室に居住させた事実に関しては、原審において事実の取調及び被告人質問がなされており、弁護人も最終弁論において意見を述べているところであるし、当審において、検察官に原判決の罪となるべき事実のとおり訴因の変更をさせ、被告人及び弁護人の意見を聞いて、防禦の機会を与えたのであるから直ちに判決をすることができるものと認め、刑事訴訟法四〇〇条但書により、さらに次のとおり判決することとする。

罪となるべき事実は、原判示第一の事実のとおりであるからこれを引用する。

証拠の標目は、原判決挙示の被告人関係の証拠(但し、甲野松之助の司法巡査に対する供述調書は二通とあるのを三通と訂正する)のとおりであるから、これを引用する。

法令の適用は、原判示の被告人に対する各法条(但し、売春防止法一二条一項とあるのを同法一二条と訂正する)のとおりであるからこれを引用する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠松義資 裁判官 中田勝三 佐古田英郎)

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